スザクの叫び声が聞こえたのか、純血派の軍人がノックもなしに扉を開き「殿下!」と叫びながら押し掛けてきた。
だが、スザクは完全にそれを無視した。
驚きと安堵と喜びと、いろいろな感情が溢れていて、だけどそれらを止めるつもりは無く、ゆさゆさと、いささか乱暴に、皇族である少年の体をゆすりながら怒鳴る。
この時、皇族や軍という身分や地位のことは完全に頭から抜け落ちていた。
「ルルーシュ!起きて!」
その言葉使いは皇族相手にするものでは無い。
なんて無礼な!これだから黄色い猿は!と護衛たちが色めきたち、スザクを止めようとしたのだが、続く皇子の言葉で動きを止めた。
「煩い、寝させろこの馬鹿が」
俺は眠いんだ。
そう言いながら、もぞもぞと毛布の中に潜り込もうとしていた。
叱るのではなく、まるで親しい者に対して発せられたような言葉。どこか甘えも感じる声。警戒心など欠片もない油断しきったその姿。先程まで理想の皇族そのままの姿で、一切の隙も見せず立振舞っていた人物とは思えなかった。
「あーもう、いくらでも寝ていいから、先に説明してよ!何で君がここにいて!どうしてこんな状況なのか!ってこら、説明しろってルルーシュ!まだ寝るな!起きろって!」
潜り込んでいた毛布を引き剥がし、瞼が落ちかけている相手を起こそうと、声を荒げ体を揺する。それだけされてもなかなか覚醒しない相手に対し、苛立ち始めているようだった。
「めんどくさい、察しろ馬鹿」
やはりそれを叱るでもなく、危機感を感じるでもなく、皇子は寝ぼけているせいかどこか舌足らずな口調で答えた。
察しろという言葉、そしてスザクがルルーシュを知っているような発言で、全員が何も言う事が出来ず、状況を見つめていた。
「あのね、君が皇族に戻った理由は何となく理解るんだけど、今ここで君の抱き枕をさせられてた理由は、全っ然、想像もできないよ!?」
なんでこんな面倒な手を使って寝てるのさ君!
言ってくれればベッドぐらいいくらでも貸すのに!
「・・・なんだ。お前には、俺が戻った理由が解るのか?」
この会話に興味を覚えたのか、それまでは頑なに眠る意志を見せていたルルーシュは、いまだ眠たそうな眼をこじ開け、尋ねた。
「シンジュクでしょ?殿下の親衛隊が気付いたの?それとも名乗ったの?」
あの日、シンジュクで保護した事を知るジェレミアは、思わず息をのんだ。
やはり知っているのだ、知り合いなのだ、この二人は。
イレブンが殿下と。あってはならないことだ。きっと殿下はこのイレブンに何か騙されているのだろう。ジェレミアは警戒心を強め、スザクを見た。
「いや、気付いたのはクロヴィス兄さんだ。だが、そうか、お前は察したのか。少しは年を取って賢くなったかスザク」
すると、ルルーシュはその手を伸ばし、よしよしと、まるで子供を褒めるようにその頭を撫でた。ふわふわとした髪が気持ちよくて、ルルーシュは無意識に口元に笑みを浮かべたが、まるで小さな子を褒めているような態度に、スザクは唇を尖らせた。
「ルルーシュ、君、僕を馬鹿にしてるだろ」
散々馬鹿馬鹿言われてるけどさ。
いつまでも撫でているルルーシュの手を払う。
「いいかスザク、いい事を教えてやろう」
これだけ話をしていても眠気は取れないのか、すぐに閉じそうになる重い瞼を僅かに開けて、ルルーシュはにやりと笑った。
「いいこと?」
「聞いて驚け。俺の睡眠時間はこの一週間で4時間を切ってる」
1週間で4時間未満。1日30分ほど。
あまりにも短い時間に、スザクは驚きの声を上げた。
「それ、睡眠て言わないだろ。何してるんだよ、ちゃんと寝なよ!体壊すよ!?」
それはどう考えても仮眠だ。
体が睡眠を欲している理由がわかり、スザクは捲っていた毛布を引き、ルルーシュの肩まで掛けた。
「だから、こうして適当な口実作って寝てるんだろう。だから静かに寝させろ。そして、お前も付き合え。どうせ今日は名誉だからとかいう下らない理由で、自室待機にされて暇だったんだろう?」
名誉ブリタニア人であるランスロットのパイロットが、自室待機。馬鹿でもない限り、それがどんな理由かなど理解る。知らなかったとはいえ、視察に来た皇族に縁のある者に対し行なった愚行に、ジェレミア達は冷や汗を流していた。
ほら入って来いというように、ベッドの空いてる側を軽く叩くルルーシュに、スザクは思わず深いため息と共に頭を掻いた。
「男二人で一つの布団は狭いだろ。僕はいいから君一人で寝なよ」
しかも、二人だけならともかく、これだけ人のいる前で・・・。
後ろ髪を引かれながらもベッドから降りようとしたスザクだが、服を引っ張られる感覚に後ろを振り返ると、ルルーシュの手が服の裾を掴んでいた。
「いいから寝ろ。そして俺の暖房代わりになれ」
「暖房って?・・・っ君、冷たいよ!?何でこんなに冷たいんだよ!」
嫌な予感がして触れたその手は、まるで真冬の空気に晒されたように冷え切っていた。慌てて頬に触れるとこちらも冷たい。寒さから鳥肌が立っていた。
スザクは慌てて毛布の中に戻ると、ルルーシュが寒いといって、また腕をまわしてきた。スザクも迷わず体に手を回し、セシルにベッド下の物入れに入っていた厚手の毛布を取ってもらうと、その毛布もルルーシュの体に掛けた。
ルルーシュは身震いをした後、毛布の下に頭を隠し、スザクの胸に額をつけた。
抱き枕扱いされてた理由はこれかと、スザクはようやく納得した。
少しでも暖を取りたいのだろう。
背中側にいたせいで全然気がつかなかったが、こうして抱きしめていると全身が冷えきっていることが理解る。そんな震える体を毛布越しにさすっていると、次第に暖かくなってきたのか震えが収まった。
今日は温かいとはいえないが、ここまで冷えるほどではない。
「ルルーシュ、何があったのさ?」
何でこんなに冷たいのさ。
睡眠不足のせいで体温が上がらなくなっている?この冷たさは、本当にそれだけなんだろうか。
「・・・睡眠不足に、肉体的・精神的な疲労、そこから起こる食欲不振。それに皇族に戻されたという精神的苦痛も相まって、体調を崩しただけだ」
眠りに落ちかけているのか、小さな声ではあったが聞き逃すことはなかった。
ブリタニアをぶっ壊す。
そう口にするほど祖国を、いや、父である皇帝を恨んでいたルルーシュだ。
皇族に戻された事が精神的な苦痛となっている事は容易に想像できた。
「病院は?」
「誰が行くか。単に疲れているだけだ、寝れば治る」
これは、自律神経の乱れも原因だからな。
「ルルーシュ!」
暗殺を恐れているルルーシュが皇族に戻った以上病院を嫌うのは解るが、それで体を壊していたら話しにならない。
「眠い」
小さな声でそう呟くと、ルルーシュは完全に瞼を閉じてしまった。
警戒心の塊であるルルーシュが、これだけ人がいるのに眠るのだから、本気で限界なのだろう。
あるいは、スザクが傍にいることで、緊張の糸が切れたのかもしれない。
スザクは一度ため息をついた後時計を確認した。
「セシルさん、この後の予定ってどうなってます?」
「え?ええと、あと1時間ほどお休みになられた後、KMFとランスロットの説明をする事になっているわ」
「たしか今日って、視察に4時間取ってましたよね?」
「ええ」
「KMFの基本的な構造の説明をしてから、第7世代の特徴の説明と、ランスロットと汎用機の性能差とかの説明ですよね」
皇族の大半はKMFの基本的な内容など知らない。
だから基礎の基礎からはじめるため、ランスロットの説明は軽く流す程度の予定だった。「基本説明ばかりで、ランスロットの話をする時間は少ないし、動くランスロット見てもらえないし!ウチに来る意味ないよね!」とロイドがぼやいていたのを思い出す。
「ええ、そうよ」
「ランスロットの性能説明だけだと、どのぐらいかかります?」
「20分ほどかしら?」
既にすやすやと眠っているルルーシュの背中を撫でながら、少し考える。
このルルーシュに基本説明が必要か?いや、いらないし、そんな事すれば馬鹿にするなと怒る。これはまちがいない。
「なら、ランスロットの説明だけでいいです。後は全部知ってますから不要です」
「え?」
セシルだけではなく、ジェレミア達も驚きの声を上げ、室内はざわめいた。
「KMFの、しかもランスロット目当てで来ているなら、公表されているデータには全て目を通し、専門家並みに理解していると考えて下さい。なので、それに合わせた説明をお願いします。・・・むしろ、ロイドさんとマニアックなKMF談議をした方が満足するかもしれませんね」
うん間違いない。
スザクは力強く断言した。
「・・・スザク君、聞いていいかしら?」
「なんでしょうか?」
「スザク君は、殿下とお知り合いだったのね?」
だから、殿下はパイロットのデータを見て、会いたいと言ったのね。
既に確信はしているが、念のため確認してきたセシルに、スザクは頷いた。
もしかしたら、この短時間でルルーシュが口裏を合わせるようスザクに頼んでいる可能性は否定できないから。
「僕たち、幼馴染なんです。戦争後離ればなれになりましたが、シンジュクで再会したんです」
今更隠しても仕方がないだろうと、スザクはあっさりと口にした。
「幼馴染?殿下と?」
その言葉に、部屋の中がざわめいた。
皇族が、イレブンと幼なじみなどあり得ないという声が聞こえ、何も知らないのかと心の中で嘆息した。
枢木という名は珍しいのだが、戦前の話など忘れられているのかもしれない。
「はい。ご存知かもしれませんが、ルルーシュとナナリーは戦前に日本に留学していました。その時滞在していたのが僕の実家で、当時は毎日三人で過ごしていました」
「殿下が、戦前から日本に?」
セシルは知らなかったのだろう、目をぱちくりと瞬かせた。
皇帝の実子は多い。だから継承権も低く生まれも遅いため、表に出ることのないルルーシュたちのことなど、ブリタニア人であっても知らないのだろう。
敵国となる日本へ留学し、そこで死んだとしても。
セシルを押しのけ、青い髪の軍人が進み出た。
「戦前から、だと?」
「はい。日本の敗戦が決まった時も、一緒でした」
三人で屍が転がる街を歩いたのだ。
「ならば貴様!まさか、殿下がこのエリアで生存されていた事を、知っていたというのか!!」
知っていながら、隠していたのか!!
イレブン風情が、そのような重要な事を!!
激昂した軍人は、スザクに怒鳴りつけた。
生存が知られた時点で隠す意味はないから、是と答えようとしたのだが。
ものすごく不機嫌そうな声が、胸元から響いてきた。
「・・・ジェレミア。お前はどうしてスザクを怒鳴りつけているんだ・・・?言わなかったか?俺がこうして生きているのは、日本人の親友が俺を守ってくれたからだと」
地を這うような低い声に、ジェレミアの表情は固まった。
この言葉の対象では無いスザクでさえ、身震いするほど恐ろしいと感じるのだから、ジェレミアはそれ以上の恐怖を感じているだろう。
顔を上げることなく声だけだでこの迫力。
間違いなく、怒っている。
スザクはなだめるように、薄いその背中を撫でた。
「・・・聞いているはずだな、ジェレミア?戦前も、戦後も、そして先日のシンジュク事変でも、俺を守ったのはこのスザクだ。こいつがいなければ、俺はこうして生きてはいない。で、お前はその俺の親友に、俺の恩人に、何を言っているんだ?」
「ま、まさか、このイレブ・・・枢木がその少年だと?」
イレブンに助けられた話を聞いていたジェレミアは、顔色を変えた。
「・・・なんだ?スザクだと、何か問題があるのか?」
「いえ、ございません!!」
「ならばさっさと出ていけ・・・煩い」
俺は眠いと言っただろう。
「イエス・ユアハイネス!!」
ジェレミアは大きな声で返礼すると、部下を引き連れ部屋を後にした。